汗と涙まみれのわたしのエステティシャン一年目

最近、ふとエステ業界で働き始めた時のことを思い返していました。
最初は何も知らない、何もできない、誰でもそうだけれど、そんな頃の自分のことも思い出しながら、少しブログに残してみようと思います。
初めての勤務先は、卒業したスクール系列の大手総合エステサロンでした。
北海道から出てきて何も分からない私は、スクールの先生に言われるがまま、就職先を決めて、いざエステティシャンとしてデビューに向けて邁進だと気合いだけは十分でした。
私は大学に行っておらず、スクールの卒業。新卒枠には入れないので、自動的に契約社員からのスタート。
契約更新時に社員登用を目指すという一択のみの入社でした。
契約は一年更新。ちょうど春からの入社となり、新卒のそんなに年の変わらない同期ができました。
働き始めて、まずびっくりしたのが、スクールとは比べものにならないくらいの厳しさ。スクールも厳しさはそこそこありましたが桁違い。
立ち振る舞い、言葉遣い、事細かく指導を受けました。
「やばい〜」なんてもってのほか、スタッフ同士の会話だったとしても厳しく注意を受けました。
お客様がいなくても、扉を閉める時に音を立てれば、すぐに先輩や上司に注意を受けましたし、お出迎えやお見送りの立ち姿やお辞儀の角度も、シーンに合わせて、美しくあるよう、教育を受けていました。
そして、ひとつひとつの技術にランク取得制度があり、一定のランク以上でないと施術をさせていただくことは許されないので、毎月本社に技術チェックに行っていました。
技術の種類が多いので、最初のうちは毎月何かしらの技術チェックのため本社へ。
ここには現場より更に厳しい指導員の社員がいて、一時足りとも気を抜けない、戦場のような場所でした。
技術も覚えて、少しずつお客さまに施術をさせていただく日々。
厳しいながらも同期たちと励まし合いながら毎日を必死に頑張っていました。
そんな中、事件勃発。
意地悪な先輩の日々の嫌味に、ストレスが溜まっていたある日のこと、前日に使用したタオルを畳んでいたら、先輩がきて、ストップウォッチで畳む時間を測っていたが、自分ならもっと早く畳むのに、なぜこんなにかかるのかと、その日出勤していた同期全員で怒られました。
その時、私があまりに嫌そうな顔をしていたという理由で(嫌な顔をしてはいけないのですが、ストレスが爆発していました!)、その日を境に私ばかりに執着してくる先輩。
我慢の限界がきて、あの先輩と働かないといけないのなら、もう辞めると大騒ぎしました。
当時の店長になだめられ、思いとどまり、気がついたらいろいろな事情が重なり、その先輩は他店へ異動していきました。
そんな破茶滅茶な一年生生活も一年を過ぎるころには四人いた同期も一人になり(厳しさのあまりみんな辞めていってしまいました)、私は契約の更新をどうするのか、今後の決断をしなければならないタイミングへと差し掛かっていました。
この環境で社員になって役職についたりキャリアアップを目指すのか、違う働き方を探すのか。
スクールと系列サロンしか知らない私には、他の選択をすることは未知の世界に行くような気持ちで、とても悩みました。
そこで、私の出した答えは退職。
理由は、自分が美容の仕事をなぜしたいのかと立ち返った時、新しい環境でチャレンジしてみても良いのではと思ったから。
当時、務めていたサロンは、男性も女性も来られる形態で、比率は男性7:女性3といったかんじ。
施術の内容は、ボディ(痩身)が多く、男性の健康をサポートするというのがメインでした。
もちろん健康にするということは、女性も男性も同じく必要なことだけれど、私は自分のように悩んでいる人の力になりたいと思っていたのに、気がついたら、だんだんと違う方向へ向かっていたと思いました。
それをきっかけにフェイシャル専門の女性限定サロンへ転職しました。
その後、女性限定ですが、またトータルのサロンに勤務した期間もあるのですが、この時はフェイシャルをしっかりやりたいと思い転職を決めました。
最初に務めていた大手のサロンはここで退職に。
上下関係も本当に厳しかったり、規律も多く、肉体的にも精神的にも本当に厳しくて辛かったことも多かったこの一年生期間。
また同じように働きたいかと言われると完全にNOだけど、この期間に教育していただいたことは、無駄ではなかったと今でも思っています。
そんなに厳しくなくても良いけれど、私が得たものを少しずつでも、同じ美容の世界でチャレンジする方のお役に立てるよう、お渡しができたらいいなとも感じています。
その先のお話もまた機会があれば書いていきますね。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。











